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金沢の鏡餅は「紅白」なのは当たり前ではなかったんですね!?つい最近『となりのテレ金ちゃん』というテレビ番組で全国は上下両方「白」という事を知りました。では何故、金沢だけ「紅白」なのか?鏡餅の由来や飾り方、「鏡開き」や「松の内」についてもご紹介したいと思います。

『鏡餅』その由来は?

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photo by ISHIKAWA19

毎年お正月に飾る「鏡餅」−

地域により様々な解釈がありますが、それは新年の神様「年神(歳神)様」へのお供え物として考えられています。鏡餅が丸いのは人の魂(心臓)をかたどったからと言われており、魂を示す神器の1つ「鏡=お餅」を年神様にお供えしてから食べると新しい生命力が授けられると言い伝えられているのだとか。

「鏡」を表すお餅ですが、神器はあと2つあります。日本神話に出てくる「三種の神器」に由来します。三種の神器というのは「天照大神」が孫に当たる「瓊瓊杵尊(ニニギ)」へ「天孫降臨(てんそんこうりん)」(=日本の国を治める事)の際に授けた3つの宝物を指します。

その3つが「鏡=お餅」、「玉=橙(みかん)」、「剣=(串柿)」です。正確には「八咫鏡(やたのかがみ)」・「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」・「草薙剣(くさなぎのたち)」というのですが、実はこれらは正統な皇室の証として王位継承の際に継承されていたのです。ちなみに現在では、実物の「八咫鏡(やたのかがみ)」は三重県の伊勢神宮にご神体として大切に祀られているのだそうです。「鏡餅」が皇族王位継承のアイテムに繋がっていたとは驚きですね!

飾る場所や期間は?

現在の様に家に飾る風習が定着して来たのは室町時代(1336-1573)以降と言われています。話は戻り、「年神様」を家に迎え・もてなし・見送るための行事なので飾る場所は玄関先では無く、家のなるべく奥の方床の間などが良しとされます。年神様は新年を司る神様ですが、ご先祖様であり、農耕の神様でもあるとも考えられており、新年の幸福や恵みをもたらすために家々にやってきて、鏡餅に依りつくとされています。お供えした場所に依りついてくださるそうで、鏡餅は1つに限らず、複数お供えしても良いようです。

床の間が無い場合には、リビングのように家族が集まる場所に飾ればOK! ただし、テレビの上のような騒がしい場所や、見下すような低い場所はNG。テーブルの上などにきちんとお供えし、台所、書斎、子ども部屋など、年神様に来ていただきたい大事な場所にお供えすれば良いそうです。供える方角は、その年の恵方、または南向き、または東向きが良いと言われています。

飾り始めは12月28日までか12月29日と31日を避けで30日に飾ります。その2日間を避けるとよいのは29日は苦餅(苦持ち)、二重苦に通じ、31日は葬儀と同じ一夜飾りに通じて縁起が悪いからです。さて、いつまで飾るのか?次に見て行きます。

 

金沢の鏡開きはいつ?松の内って何?

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鏡餅を下げて食べる日が「鏡開き」です。

地域によって日にちが異なる場合もあるようですが、金沢では毎年1月11日】が鏡開きです。

また、「松の内」とは年神様がいらっしゃる間の事で、鏡餅だけでなく、門松や松飾りを飾っておく期間でもあります。

一般的に松の内は1月7日とされ、年賀状や新年の挨拶のやりとりも松の内にすべきとされていますが、金沢では15日まで新年のご挨拶をしても良いと考えられています

また、神様の宿っている間が「松の内」なので、その期間はお餅は食べてはいけないとされています。

 

鏡開きで刃物(包丁)は使っては行けない理由は?

鏡餅は年神様が宿るところだと考えられているので、鏡餅を開くことで年神様をお送りし、お正月に一区切りつけた後、
年神様の力が宿った鏡餅をいただくことでその力を授けてもらい、1年の一家一族の無病息災を願う
ものですね。

結婚披露宴や新築祝いなどのおめでたい席で酒樽の蓋を木槌で割るのも「鏡開き」と言いますが、それと同様、刃物(包丁)を使って行けない理由は刃物で切るのは切腹を連想させるため、包丁などの刃物で切るのは禁物とされ、手で割り砕くか、槌(つち)で割るようになりました。また、「割る」という表現も縁起が悪いので、末広がりを意味する「開く」を使うようになり、「鏡開き」になったという理由です。

 

金沢の鏡餅が「紅白」の理由は?

もともと紅白の鏡餅は、室町時代に足利家の家臣が朝廷に反発し、正月の鏡餅に紅白の花びら餅(菱餅)を作って将軍に献上したことが起源だそうです。その形式を加賀藩の前田家が受け継いで来たからと言われています。

また、前田家のしきたりとなっていた様子は加賀藩年中行事図絵や儀式風俗図絵などに紅白の鏡餅の絵が描かれていることから分かります。しかし、前田家の鏡餅はピンク(紅)が上で白が下で、スーパー等で売っている鏡餅はその逆の色合せですね。これは殿様のしきたりを町人が真似するときに、そのまま同じにせずに謙虚に逆にしたからだと言われています。

つまり、「紅白色の餅」のルーツは前田利家の徳川幕府に対する対立心からきたとされますが、個人的には若い頃から派手好きで「歌舞伎者」とも言われていた事も理由ではないかと思います

今年のお正月に「縁起の良い」展示を金沢で見るなら?

おわりに・・・

1月11日の「鏡開き」では昔ながらの立派な鏡餅は乾燥すると固くなって簡単に割れないので、半日ほど水に漬けてから、手で千切ると調理しやすいですが今では小分けされた餅をパック詰めした鏡餅が主流になり、鏡開きはパックを開くだけで簡単に調理出来ますね。

調理法はやはり、お汁粉やお雑煮が定番ですが、お餅を揚げて砂糖醤油につけるのも美味しいです。

なかなか深いルーツや歴史がある鏡餅。金沢の方は紅白の理由等も加えてお子さんにお話しながら頂くといいですね♪

 

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