金沢の鏡餅が紅白の由来は?2022年金沢の鏡開きや松の内はいつ?
金沢の鏡餅は「紅白」なのは当たり前ではなかったんですね!?
実はつい最近、全国では上下両方「白」という事を知りました。
では何故、金沢だけ「紅白」なのか?また鏡餅の由来や飾り方、「鏡開き」や「松の内」についてもご紹介したいと思います。
『鏡餅』その由来は?
毎年お正月に飾る「鏡餅」−
地域により様々な解釈がありますが、それは新年の神様「年神(歳神)様」へのお供え物として考えられています。
鏡餅が丸いのは人の魂(心臓)をかたどったからと言われており、魂を示す神器の1つ「鏡=お餅」を歳神様にお供えしてから食べると新しい生命力が授けられる
と言い伝えられているのだとか。
「鏡」を表すお餅ですが、神器はあと2つあります。
日本神話に出てくる「三種の神器」に由来します。三種の神器というのは「天照大神」が孫に当たる「瓊瓊杵尊(ニニギ)」へ「天孫降臨(てんそんこうりん)」(=日本の国を治める事)の際に授けた3つの宝物を指します。
その3つが「鏡=お餅」、「玉=橙(みかん)」、「剣=(串柿)」です。
正確には「八咫鏡(やたのかがみ)」・「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」・「草薙剣(くさなぎのたち)」というのですが、実はこれらは正統な皇室の証として王位継承の際に継承されていたのだそうです。
ちなみに現在では、実物の「八咫鏡(やたのかがみ)」は三重県の伊勢神宮にご神体として大切に祀られているのだそうです。
「鏡餅」が皇族王位継承のアイテムに繋がっていたとは驚きですね!
SATTY
飾る場所や期間は?
現在の様に家に飾る風習が定着して来たのは室町時代(1336-1573)以降と言われています。
また「歳神様(としがみさま)」を家に迎え・もてなし・見送るための行事なので飾る場所は玄関先では無く、家のなるべく奥の方床の間などが良しとされます。
歳神様は新年を司る神様ですが、ご先祖様であり、農耕の神様でもあるとも考えられており、新年の幸福や恵みをもたらすために家々にやってきて、鏡餅に依りつくとされています。
また、お供えした場所に依りついてくださるそうで鏡餅は1つに限らず、複数お供えしても良いようです。
床の間が無い場合には、リビングのように家族が集まる場所に飾ればOK!
ただし、テレビの上のような騒がしい場所や見下すような低い場所はNG!!
テーブルの上などにきちんとお供えし、台所、書斎、子ども部屋など、年神様に来ていただきたい大事な場所にお供えすれば良いそうです。
供える方角は、その年の恵方、または南向き、または東向きが良いと言われています。
2019年の恵方は東北東ですよ〜!
甘エビちゃん
また、飾り始めは12月28日までか12月29日と31日を避けで30日に飾ります。
その2日間を避けるとよいのは29日は苦餅(苦持ち)、二重苦に通じ、31日は葬儀と同じ一夜飾りに通じて縁起が悪いからです。
実は地域によって異なる「飾る期間」なのですが、金沢はいつまで飾るのか?見ていきましょう!
金沢の鏡開きはいつ?
そもそも、鏡餅を下げて食べる日が「鏡開き」です。
地域によって日にちが異なる場合もあるようですが、金沢では毎年【1月11日】が鏡開きです。
歳神様をお迎えしている「松の内」の期間も一般的には1月7日までで、年賀状や新年の挨拶のやりとりも松の内にすべきとされていますが、金沢では15日まで新年のご挨拶をしても良いと考えられています。
また、歳神様の宿っている間が「松の内」なので、その期間はお餅は食べてはいけないとされていますが、同時に門松や松飾りも「松の内」を目安に片付けると良いと言うことになります。
鏡開きで刃物(包丁)は使ってはいけない理由
鏡もちを “さあ!食べよう。” という時に・・・
「刃物は使ったらいかんげんよ!」
と言われてますが、その理由は鏡餅は歳神様が宿るところだと考えられているからなんです。
鏡餅を開き、年神様をお送りしお正月に一区切りつけた後歳神様の力が宿った鏡餅をいただくことでその力を授けてもらい1年の一家一族の無病息災を願うもの。
結婚披露宴や新築祝いなどのおめでたい席でも酒樽の蓋を木槌で割るのも「鏡開き」と言いますが、それと同様、刃物(包丁)を使って行けない理由は刃物で切るのは切腹を連想させるので包丁などの刃物で切るのは禁物とされ、手で割り砕くか、槌(つち)で割るようになったんだそうです。
また「割る」という表現も縁起が悪いので、末広がりを意味する「開く」を使うようになり「鏡開き」になったという理由です。
金沢の鏡餅が「紅白」の理由は?
もともと紅白の鏡餅は、室町時代に足利家の家臣が朝廷に反発し、正月の鏡餅に紅白の花びら餅(菱餅)を作って将軍に献上したことが起源だそうです。その形式を加賀藩の前田家が受け継いだからと言われています。
また、前田家のしきたりとなっていた様子は加賀藩年中行事図絵や儀式風俗図絵などに紅白の鏡餅の絵が描かれていることから分かります。しかし、前田家の鏡餅はピンク(紅)が上で白が下で、スーパー等で売っている鏡餅はその逆の色合せですね。これは殿様のしきたりを町人が真似するときに、そのまま同じにせずに謙虚に逆にしたからだと言われています。
「紅白色の餅」のルーツは前田利家の徳川幕府に対する対立心からきたとされますが、個人的には若い頃から派手好きで「歌舞伎者」とも言われていた事も理由ではないかと思います。
金沢弁で最後に一言・・・
1月11日の「鏡開き」では昔ながらの立派な鏡餅は乾燥すると固くなって簡単に割れんし、半日ほど水に漬けてから、手で千切ると調理しやすいよ!
今では小分けされた餅をパック詰めした鏡餅が主流になり、鏡開きはパックを開くだけで簡単に調理出来るから便利やけどね。
調理法はみんなどうしとる?お汁粉やお雑煮が定番やけど、私はお餅を揚げて砂糖醤油につけるのも好きやわ!
なかなか深いルーツや歴史がある鏡餅。せっかく金沢お正月を迎えるなら紅白の理由等も家族と話しながら家族の会話のネタにしてみまっし〜 ^^
SATTY
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